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人間関係ほど、複雑で難しいものはないのではないでしょうか。職場でも、この人間関係がときどき問題になります。とくに上司と部下の関係では、両者の考え方に大きな溝ができることもあるようで、そうなってしまうとなかなか理解しあうことができないようです。この上司と部下の間にある溝を埋めるヒントになりそうなキーワードが“ナラティヴ”という用語です。
「ナラティヴ」とは、元々は文芸理論の用語で、「物語」という意味です。最近では、文芸理論上だけではなく、医学や看護学でも、ナラティヴ・セラピーやナラティヴ・アプローチが話題となっています。
この“ナラティヴ”を「語り手の解釈の枠組み」という概念でとらえ、良好な人間関係を築くうえでのキーワードであると提唱しているのが、埼玉大学経済経営系大学院の宇田川元一准教授です。
宇田川准教授は、著書『他者と働く―「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)で、複雑で厄介な組織の問題を、相手の「ナラティヴ」に入り込み、新しい関係性を構築する効果的な方法を紹介しています。
同じ組織の中にいるのに話が通じない、同じ目標を共有することができない、どうしても壁をあるなど、組織の一員として働いていれば、誰もが「他者とのわかりあえなさ」を感じたことがあるのではないでしょうか。
宇田川准教授が著書の中で示している効果的な解決法とは、「わかりあえない関係」を「わかりあえる関係」にするためには「会話」が重要であるということです。
「わかりあえない」のは、「前提」や「価値観」、「解釈の枠組み」がそれぞれ違うためで、それが、両者の間の溝として横たわるためです。
対話を続けることは、その溝に橋を架けることであり、そのためには、まず、「相手と自分の間に溝があることに気づくこと」です。自分にしか見えない景色があるように、相手にしか見えない景色もあります。
つまり、とりあえず自分から見える景色(ナラティヴ=解釈の枠組み)を脇におき、「相手にしか見えない景色」(ナラティヴ=解釈の枠組み)があることを認めることから、対話を始めるということです。
その対話は、相手を論破するでもなく、忖度するでもなく、相手の「ナラティヴ」に入り込むことで、新しい関係性を構築しようという試みです。
職場での上司と部下の関係は、上司は部下を指導・評価する立場であり、部下は上司の指導の下で業務を行います。当然、上司は「部下はこうあるべき」、部下は「上司はこうあるべき」という、それぞれの立場によるナラティヴがあります。
その違いが、部下と上司の間に横たわる溝であり、自分のナラティヴにこだわっていては、その溝に橋を架けることは難しいでしょう。世代が違う、価値観が違うと、そのままわかりあえない関係を続けていけば、溝はますます深くなるばかりでしょう。
企業という組織には、上司や部下の関係だけでなく、営業、管理、製造や企画など、各部門が複雑に絡み合い、人間関係をより複雑にしています。どんなに優秀な人材を揃えていたとしても、それぞれの立場ばかりを優先しているようでは、組織としては大きなマイナスとなります。
意見や考え方の違い、世代による価値観の相違など、人間関係を複雑にしている課題に、どう向き合っていくのかを考えるうえで、『他者と働く―「わかりあえなさ」から始める組織論』は、おすすめの一冊といえるのではないでしょうか。
宇田川准教授が提唱している「対話」とは、対立する考え方を、どちらかが妥協することで結論を出すというようなものではありません。いくら対話を続けても、横たわる溝を埋めることはできないかもしれません。でも、相手の立場を尊重することで、溝に橋を架ける準備ができるかもしれません。
誰もが持っているナラティヴを知ることが、溝を埋める対話の第一歩です。職場での人間関係や世代間のギャップに悩まされている総務・人事担当者は、ナラティヴ・アプローチを試みてはいかがでしょうか。
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